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秋 一

last update publish date: 2026-06-03 06:24:38

躑躅花つつじばな 匂へる君を 我想ひ かさねを涙で くれなゐに染む〟

「今は秋だぞ」

 隆亮が貴晴の机の上に置いてあった紙を見て言った。

「だから出してないだろ」

「そうか、じゃあ来年……」

「誰だか分からないんだ」

「え、管大納言の大姫じゃないのか?」

 隆亮の問いに貴晴は以前会ったつつじの君の話をした。

「他の姫に詠んだ歌を送るわけにはいかないだろ」

 貴晴の言葉に、

「気付かれなきゃ大丈夫だろ」

 隆亮が言った。

「おっ!? 他の姫に詠んだ歌を別の姫に贈ったことがあるのか!?」

「お前と一緒にするな」

「私は贈ってないぞ……まだ」

 実は少し手直しして贈ろうか迷ったのは黙っていた。

「私は必要もないのに歌を詠んだりしないんだよ」

「お前、ホントに出世する気ないんだな」

 貴晴は呆れた。

 以前も一緒に出家しような

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  • 影の弾正台と秘密の姫   参考文献一覧と作中に関する補足

    敬称略 順不同鏡山昭典『私撰 枕ことば辞典』阿部萬蔵・阿部猛『改訂版 枕詞辞典』八條忠基『詳解 有識装束の世界』倉本一宏『平安京の下級官人』和田英松『官職要解』榎村寛之『斎宮-伊勢斎王たちの生きた古代史』承香院『あたらしい平安文化の教科書』繁田信一『平安朝の事件簿 王朝びとの殺人・強盗・汚職』こさかべ陽子『よく分かる平安時代』『平安時代の絵事典』『光る君へ』ついに最終回…時代考証が語る平安貴族の「政治」と「恋愛」<上>https://www.yomiuri.co.jp/column/japanesehistory/20241209-OYT8T50192/『光る君へ』ついに最終回…時代考証が語る平安貴族の「政治」と「恋愛」<下>https://www.yomiuri.co.jp/column/japanesehistory/20241209-OYT8T50194/望月光『望月光の古文教室 古典文法』荻野文子『マドンナ古文 パーフェクト版』『落窪物語』『平中物語』『御堂関白記』『小右記』『堤中納言物語』『日本書紀』『古事記』『古今和歌集』『山槐記』『源三位頼政集』小松英雄『伊勢物語の表現を掘り起こす』望月光『望月光の古文教室 古文読解編』荻野文子『マドンナ古文常識217』荻野文子『マドンナ古文和歌の修辞法』岡本梨奈『岡本梨奈の1冊読むだけで古文の読み方&解き方が面白いほど身につく本』木下武司/亀田龍吉『万葉集 植物さんぽ図鑑』成清弘和『律令家族法の研究』『令義解』『律令制と古代社会』河添房江『紫式部と王朝文化のモノを読み解く 唐物と源氏物語』八條忠基『有職故実から学ぶ年中行事百科』梶川敏夫『ビジュアル再現 平安京 地中に息づく都の栄華』梶川敏夫『新版よみがえる古代京都の風景

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  • 影の弾正台と秘密の姫   冬 六

    「おい、卿が訪ねてこられたぞ」 つつじの君と御簾越しで向かい合っていた貴晴に隆亮が声を掛けた。「祖父上が?」 貴晴が怪訝な面持ちで言った。 ここは右大臣邸だ。 となると普通なら右大臣に会いにきたと思うところだが今は内裏が方塞りだから別邸に行っていてここにはいない。「お前に会いに来たのか?」 貴晴が訊ねると、「いや、それが……」 隆亮はつつじの君がいる御簾の方に視線を走らせた。 貴晴がそれ以上訊ねる前に祖父が入ってくる。「祖父上、ここには姫君が……」「その姫君にお目に掛かりたい。お顔を拝見出来ませぬか?」 祖父が御簾の方に目を向けて言った。「祖父上! 失礼でしょう。貴族の姫君の顔を見たいなど……」「貴族ではない」 祖父が貴晴の言葉を遮る。「祖父上! いくら祖父上でもつつじの君への無礼は……!」「た、多田様!」 織子が宥めるように声を掛ける。「その方は前の斎王……織子内親王様――そうではありませぬか?」 祖父が織子の方に顔を向けた。「さら……? 祖父上、つつじの君の名前は違います」 大納言の邸の前にいた女性が『しきこ』と言っていたはずだ。「いえ、織姫の『織』って書いて『さら』って読むんです」 織子の言葉に貴晴が振り返る。 更紗織の『さら』か……? 女性の名前は予想も付かない読み方をすることが多い。『明子』とかいて『あきらけいこ』とか『兄子(さきこ)』、『亀子(ふみこ)』などである。 それはともかく、内親王なら名前に『子』が付いていたのも納得がいく。『子』が付くのは皇族か帝の妃、もしくは官位がある貴族の女性なのだ。

  • 影の弾正台と秘密の姫   冬 五

    〝うらめども うらみつくせぬ 葛の根の いや遠長に うらみ続きぬ〟 貴晴が内大臣家に着くと随身の一人に文を見せられた。 門の近くに落ちていたらしい。 貴晴と隆亮が顔を見合わせる。「……一体どんな恨みを買っているのか伺っても?」 貴晴が内大臣に訊ねた。「人聞きの悪いことを言うな。おそらく何かの逆恨み……」 内大臣が怒ったように答える。〝延ふ葛の 後に逢はむと 契りしも 風に散る葉の うらみるなりと〟「これも逆恨みですか? 『後に逢はむ(後で会おう)』と『契りしも(約束をして夜を供にしたのに)』――約束を守らなかったんでしょう」「女を捨てたのでは? 妻にすると約束しておきながら実際は一晩か二晩で通うのをやめた……」「違う!」 内大臣は貴晴と隆亮を遮った。そのまま黙り込む。 貴晴と隆亮は顔を見合わせた。「……では、我々はこれで」「待ってくれ!」「恨まれてないなら心配いらないでしょう。我々も暇ではないのです」 貴晴が答える。「……検非違使ではないのだな」 内大臣が再び確かめるように訊ねてきた。「違います」 貴晴が即答する。「……男だ」 内大臣が苦々しげに答える。「それを隠したかったんですか? 男同士なんて別に珍しくないでしょう」「私ではない。姫だ。中の姫に男が……」 中の姫というのは内大臣の次女のことである。 どこの姫も上から大姫、中の姫か二の姫、三の姫……と呼ばれるのだ。 管大納言の姫なら『管大納言の大姫』、『管大納言の中の姫』、『管大納言の三の姫』、内大臣の姫なら『白石内大臣の大姫』、『白石内大臣の中の姫』など

  • 影の弾正台と秘密の姫   春 六

    「…………」 貴晴と隆亮は視線を交わした。「あ、あの……」 大姫が困ったような声で言い掛けてから口籠もる。 大納言の随身は六人。 大の男が六人も必要になる用……? 大荷物を運ぶのでもない限り考えづらいし、どちらにしろそういうのは随身ではなくて使用人にさせるものだ。 となると自分で人払いをしたのかもしれない。 例えば男との逢瀬とかで……。 男と二人きりになりたくて人払いをしたのなら随身達が揃っていなくてもおかしくはないが……。 貴晴はさり気なく身体の向きを変えて牛車の前の御簾に視線を走らせた。 男物の衣裳の裾は出ていない。 貴晴が牛車の方に目を向けた時、辺り

  • 影の弾正台と秘密の姫   春 五

    「本当に貴晴を弾正台にする気があるんですか?」 隆亮が『そんな難題を押し付けるなんて』と言いたげに訊ねた。 祖父は隆亮の質問には答えず、貴晴に顔を向けた。「黒幕がいると思っているのでしょう。親王か公卿――おそらく大臣のうちの誰か」 貴晴が祖父の無言の問いに答える。 内裏に住んでいない親王は母方の祖父母と暮らしていることが多いし、親王の祖父は大抵は大臣か元大臣だ。 大臣は広い邸に住んでいる上に別邸も持っている。 盗賊が家人に知られずに出入りすることも可能だし、検非違使に調べられる心配もない。「お前、意外と|賢《かしこ

  • 影の弾正台と秘密の姫   春 二

    「お呼びでしょうか?」 貴晴が声を掛けると、「お父様が貴方に用があるそうですよ」 母が言った。 お父様というのは母の夫(貴晴の父)ではなく、母の父つまり貴晴の祖父のことである。「なんの御用でしょうか?」 貴晴は母に訊ねた。「私に聞いてどうするのですか! 自分で聞きに行ってきなさい」 それが嫌だから母上に聞いたのだが……。 貴晴がなんと言って断ろうかと考えていると、「もう随分長いことお祖父様に会ってないでしょう。ご機嫌伺いに行ってきなさい」 母が言った。 会いたくないからこの二年間口実を作って避け

  • 影の弾正台と秘密の姫   春 一

    「次はこれよ」 義母がそう言って文を織子の前に置く。 二年前、織子は母の妹に引き取られた。 織子は和歌が上手かったので一度義理の姉の匡の代わりに短歌を詠んだところ、その歌が評判になった。 それ以来、義母に言われて織子は匡の代詠――歌を代わりに詠んでいた。 男女が直接会うことが出来ないため、男性にモテる基準の一つは歌が上手いことである。 それで匡には男性から文が送られてくるようになった。 その返事に添える歌も織子が詠んでいる。「これはどういう方からですか? 叔父様はこの方のことをどうお思いなのですか?」 と義母に訊ねた。「そうね…

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